忍者ブログ
物語の書き出し・クライマックス「のみ」を365本書いてみようという試み
[1] [2] [3] [4] [5]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

自分でもそろそろわからなくなってきたので。
365本まで、まだ先は長いです。
PR
 克哉(かつや)が異常に気がついたのは三月ほど前のことになる。
 いつものように午前0時頃に就寝しようと電灯を常夜灯に切り替えた彼の耳に、かすかな音が聞こえてきた。

 かりかりかり。

 小さな、断続的に聞こえてくる何かをひっかくような音。
 起き上がって電灯を点け、部屋を探してみたが何も異常はない。五分ほどじっと耳を澄ましてみたが、蛍光灯のジーッという小さな音にかき消されたのか、謎の音は聞こえなくなっていた。
 もう一度常夜灯にすると、今度は聞こえない。
 このときは安心して眠ったのだが、その音は次の日も、またその次の日も絶えることなく聞こえ続けたのである。少々不快だが電灯を点け直すとひっかく音は聞こえなくなるので、気にしないでいた。
 だが、一週間前に彼は気づいてしまった。
 ひっかく音が、次第に近づいてきていることに。

 かりかり、かりかりかりかりかり。

 ああ、今日の音はまた昨日よりも近くから聞こえていないか?
 そんなことを考えると、もう克哉は眠れない。
 なめくじが這うような速度で、しかし着実に近づきつつある、かりかりという音。
 起きてからも、遠くから自分に近づいてはいないだろうか。

 かりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかり……。

 もう克哉は眠ることどころか、落ち着いて部屋にいることすらできなくなっていた。
「歩美君、起きたまえ。起床時間だぞ」
 少女のショートカットの癖毛頭をつかんでわしわしと髪を揉んでいるのは、理知的な秀才君タイプの、眼鏡をかけた好青年である。ぱりっと糊とアイロンの効いたシャツに、黒い制服のズボンもきちんと折り目が付いていて、乱れたところはまるで無い。
 しかし、エプロンをかけているのはどうだろう? と言いたいところだが、調理をするには油や食品の飛沫が服に飛ぶのを防ぐ有効な服装であることを彼は認知しているので、着用しているに過ぎない。誰に見せるというわけでもないし。
 正確には、彼と同居している住人が一人だけいる。それが今、彼が起床させようと努力中の少女、宗寺歩美(そうじ・あゆみ)である。
「ふにゃあ……恭文(たかふみ)せんぱい、おはやぁございましゅぅ……」
 ようやく体を起こした少女は目をこすりつつ、ぽややんとした曖昧な笑みを浮かべた。
 まだ意識の半分以上は夢の中にあるようである。
「歩美君。君の魅力的な体を見るにやぶさかではないのだが、少々目の毒だ。きちんと起床して下着を着けた上で、制服を着たまえ」
「ん……やぁ! もう、先輩のえっちぃ!」
 ぷぅっとほっぺたを膨らませて右手を握りしめて、エプロン姿の青年をぽかぽかと殴る。手を動かすたびに、平均からすればやや小さ目かなと本人も気にしている素肌の胸が、ぷるんぷるんと震える。
「昨日は、先輩の方からえっちをしようって言ってきたんでしょぉ?」
「うむ。それは認める。認めるから、その……シャワーを浴びてきた方がいいと思う。そのまま学校に行くのは、衛生的にも問題があるように思えるのでね」
「先輩がだっこして、お風呂場まで連れてってくれると嬉しいんですけど? 昨日は三回もキモチよくなっちゃったし、体がくにゃくにゃなんです」
 などと上目遣いで見られると、恭文の態度も自然と柔らかくなる。なにしろ愛すべき伴侶なのだから、甘やかな雰囲気はあって当然。歓迎されるものである。
 この二人、宗寺恭文は十八歳。与党である正当自由主義民主政党(正自党)の若き官房長官を父に持つ、将来を嘱望された政治家の長男にして、朱林(しゅりん)高校の生徒会長。同じく宗寺歩美、十六歳。役付きではないが、クラスの世話役として皆に親しまれている。学校では旧姓の山斗(やまと)を名乗っているが、恭文とは法的にも正当なれっきとした夫婦なのだ。
 両親を亡くした歩美が、どうして恭文と結ばれることになったかは、とても長い話になる。かいつまんで話せば、彼女の祖父が宗寺家の危機を救ったことがあるからなのだが、もちろんそれだけが理由ではない。
「わかった、歩美君。時間もないことであるからな」
「……シャワー中に覗かないでくださいね」
「弁当の準備が終わっていない。中身を重複させないように作るのは大変なのだぞ?」
 学校では二人の関係を知っているのは、一部の教師と校長のみである。通学も時間をずらし、友達が来ても大丈夫なように、歩美用の専用にマンションの一室が用意されてまでいたりする。
 そこまでして夫婦である必要があるのは、もちろん深い理由がある。

 話は三年前にさかのぼる……。
「お代わり!」
 居候、三杯目にはそっと出しなんてことわざは嘘だと健二は思った。
 正確には居候ではないのだが。
「おめー、食い過ぎ。もうジャーの中空っぽだぞ」
「健二の前に置いてあるの、ちょうだい」
「馬鹿言え。これは俺んだ」
 というよりも早く、言実(ことみ)の手が伸びて半分ほど残った茶碗のご飯を一呑みにした。

 ぎょっくん。

 恐るべき早食いである。実際、言実は大食いの上早食いなので、食費がかさんでたまらない。
「あー、美味しかった。おかわりまだある?」
「他人様の話はちゃんと聞きやがれでございますですよ?」
 箸を逆さまに持って、柄の方で言実の頭をぺちぺちと叩いた。
「やーん! ドメスティックバイオレンス、略してドスバ?」
「妙な略し方をするなよ」
 ご飯だけでは足りなかったらしく、執拗におかずを狙ってくる言実の箸を払いのけながら健二が言う。
「健二のケチ。夫婦でしょ、あたし達。夫婦はなんでも分け合うものよっ!」
「親が勝手にやったことだ。おまけに脅されてたしな。子供を犠牲にする奴がどこにいる」
「あら。あたしの両親は大賛成だったけど?」
「未成年同士だからな。両親の同意がなきゃ結婚でき……って、お前! 俺のチキンカツを!」
 隙を見て健二の皿からチキンカツの奪取に成功した言実が、一瞬のうちにカツを頬張って丸呑みした。

 ぎょりっ。

「ん~~~~~っ!!」
「馬鹿め、衣で喉を痛めたのか。ほれ、ぬるい茶があるからこれを飲め」
 自分の湯飲みを差し出してやる。言実は健二が口をつけて半分ほどになったお茶を一気に飲み干し――。

 ぶふっ!

 むせて、鼻から吹き出した。学校では清楚な美少女……というか美幼妻(という言葉があるかどうかは知らないが)として通っているのだが、実態はこれである。
「あーあ、もうしょうがねぇなぁ……」
 立ち上がって、けほけほとむせている言実の背中をさすってやる。
「飯は逃げないんだから、そんなにあわてるなよ」
「だって、だって、健二のご飯、美味しいんだもん。でもって、一杯食べたいんだもん」
 うるうるとした目で見られるとぐっとくるものがあるが、鼻水が出ていては百年の恋も冷めるというものだ。
 健二はティッシュで言実の顔を拭いてやり、ぎゅっと抱きしめてやった。
「わかったわかった。お前が食いたいだけ作ってやる。リクエストなんだ、ほら。言ってみろ」
 何にせよ実際に夫婦なのだし、やることもやっちゃってたりするので、半年前までのように手が触れあうだけで顔を真っ赤にさせるようなことにはならない。
(あー、俺も順応しちゃってんなぁ)
 とか健二が思うのも無理もない。

 山根健二、18歳。
 同・言実、16歳。

 これは高校生の身で結婚することとなったふたりの、血と汗と涙の記録である。

「あのね。バケツプリン、食べたいな。できればマンゴープリン」
「バケツかよっ!」
「おはようございます」
 耳元で誰かが囁いている。くすぐったさに耐えきれず頭の横を手で払うようにすると、何かが手に当たって頭から転がり落ちた。
 目を開けると、小さな何かが目の前にあった。
「おはようございます」
 小さな緑の帽子をかぶった、四頭身くらいの小さな人影がぴょこんと頭を下げた。
 なんだ、夢かと目をつぶりかけて時計を手元に引き寄せる。
 六時三十分。
 そろそろ起きないと朝飯を食い損ねる時間だ。
「起きないと寝坊しちゃいますよ?」
「なにっ!?」
 目が完全に覚めた。
 なんだ、これは!
 子供向きの童話かアニメにでも出てきそうなモルモット大ほどの小さな人影が、枕元に立って小首をかしげ、こちらを見上げていた。
「今日からここにお世話になるチロルといいます。よろしく!」
「ちょっと待て。お前、どこからきた。お前は何者だ」
「私はチロルです。妖精の国からやってきました」
「妖精って……」
 目眩を起こしそうになりながらテレビのリモコンを操作すると、ちょうど朝の報道番組をやっている局だったのだが、そこにも同じ人影を見つけ、反射的にスイッチを切った。
「ああん! 今の何ですか?」
「テレビだよ」
 答えるのももどかしく、MDコンポのスイッチを入れAMラジオに切り替える。
「なんてこった……」
 そこでもやはり、突如として出現した妖精に関するニュースを、アナウンサーが興奮気味に伝えていた。

 こうして日本を揺るがす「妖精の日」が明けたのだ。
カレンダー
10 2024/11 12
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
フリーエリア
最新コメント
最新トラックバック
プロフィール
HN:
風来棒
性別:
男性
バーコード
ブログ内検索
最古記事
カウンター
カウンター
アクセス解析
Powered by ニンジャブログ
Designed by 穂高
Copyright © 風来365番勝負 All Rights Reserved
忍者ブログ / [PR]