物語の書き出し・クライマックス「のみ」を365本書いてみようという試み
「暇潰しって、人間にとって最高に贅沢なことじゃないかしら」
白音(しらね)の言葉に、あずさはコミックに向けていた視線を上げ、親友の顔を見つめた。
「またなんか変なコト考えてる?」
「私がいつ、変なことなんて考えたかしら」
「あんたの考えることって、いっつもどこか変なのよ」
あずさは手に持ったコミックを閉じた。どちらにしろ、もうすぐ昼休みは終わりだ。
「アリクイが感じる蟻の味はどんなの? とか、コアラのだっこする力に虎は耐えられるのかとか、今まで印刷された紙幣を積み重ねたら何メートルになるんだろうとか、トリビアじゃないんだからそんなの知ったって、何の得にもなりゃしないんだし」
頭に過去の彼女の行状を思い浮かべつつ、あずさは言った。
「だからあんた、不思議ちゃんって言われるのよ」
「素敵なあだ名だと思うわ。不思議ちゃんって」
「ばかにされてるのよ!」
思わず机を強く叩いたので周囲が驚き、あずさの方を見た。彼女は肩をすくめて白音の耳元に顔を近づけ、囁いた。
「で、なんで暇潰しが贅沢なのよ」
「だって、人間の人生って限られているのよ? その人生を有為なことに使わず、無為な暇潰しと呼ばれることに費やす……ああ、なんて贅沢なのかしら」
「あたしには、あんたと話している時間が無為な時間に感じられて仕方がないわ」
「私はとっても有意義だと考えているわよ?」
白音にさらりと言われると、返す言葉も喉元で消え去ってしまう。
特に美人というわけでもなく、十人並。それなのに大勢の中にいても不思議と目立つ。言葉数も少なく、学校では友達といえるような存在はあずさ以外には見当たらない。かといって人付き合いが下手かというとそうでもなく、妙な友人を学外に多く持っている。
この前は某国の将校とやらを紹介されて、あずさもびっくりしたばかりだ。
この例からもわかるとおり、英語は堪能。成績も学年首席で、全国模試でも常時トップ10に入る学力の持ち主だ。それなのに、進路相談で彼女が出した希望進路が「幼稚園の先生」と「家事手伝い」だというので話題になったばかりだ。
国立大学に進んで、研究者なりを目指した方がいいと担任はおろか、教頭や校長まで総出で説得にかかってるが、今の所彼女の意思は揺るがないようだ。
無理もない。平凡な公立高校にとびきりの俊才が夜空を覆い尽くす彗星のごとく現れたのだから。だがその彗星はきまぐれで、右や左、はたまた後退まで勝手気ままにするというありさまなのだ。誰もが戸惑うのも無理もない。
「有意義……ねえ」
午後の授業を知らせる予鈴が鳴り、教室から出ていた生徒もぞろぞろと戻ってきている。
「人との会話は時として、授業よりもよほど有意義じゃないかしら」
「はいはい。優秀な山河白音さんは授業に意味を見出せないでしょうけど、凡人の私は、授業の方が大事なの」
白音の方に向けていた椅子を前向きに直し、彼女に顔だけを向けてあずさは言った。
「そうそう。授業中に何かを思いついたからって、背中をつついて知らせなくてもいいから。そうでなくても次の授業、世界史の袋谷なんだから」
「あの先生、板書に全てをかけているような方ですものね。せっかくの授業なのに、生徒に背を向けたままなんてどうかしら? と思うんですけれども」
授業開始を知らせるチャイムが鳴った。と同時に、しかめ面をした世界史教諭、当年とって38歳、花嫁熱烈募集中の袋谷柾之(ふくろだに まさゆき)教諭がドアをがらりと開けて入ってきた。
「あずささん、今日、放課後の時間は空いているかしら」
席に座ると同時に白音が、さっと顔を近づけて囁いた。
白音(しらね)の言葉に、あずさはコミックに向けていた視線を上げ、親友の顔を見つめた。
「またなんか変なコト考えてる?」
「私がいつ、変なことなんて考えたかしら」
「あんたの考えることって、いっつもどこか変なのよ」
あずさは手に持ったコミックを閉じた。どちらにしろ、もうすぐ昼休みは終わりだ。
「アリクイが感じる蟻の味はどんなの? とか、コアラのだっこする力に虎は耐えられるのかとか、今まで印刷された紙幣を積み重ねたら何メートルになるんだろうとか、トリビアじゃないんだからそんなの知ったって、何の得にもなりゃしないんだし」
頭に過去の彼女の行状を思い浮かべつつ、あずさは言った。
「だからあんた、不思議ちゃんって言われるのよ」
「素敵なあだ名だと思うわ。不思議ちゃんって」
「ばかにされてるのよ!」
思わず机を強く叩いたので周囲が驚き、あずさの方を見た。彼女は肩をすくめて白音の耳元に顔を近づけ、囁いた。
「で、なんで暇潰しが贅沢なのよ」
「だって、人間の人生って限られているのよ? その人生を有為なことに使わず、無為な暇潰しと呼ばれることに費やす……ああ、なんて贅沢なのかしら」
「あたしには、あんたと話している時間が無為な時間に感じられて仕方がないわ」
「私はとっても有意義だと考えているわよ?」
白音にさらりと言われると、返す言葉も喉元で消え去ってしまう。
特に美人というわけでもなく、十人並。それなのに大勢の中にいても不思議と目立つ。言葉数も少なく、学校では友達といえるような存在はあずさ以外には見当たらない。かといって人付き合いが下手かというとそうでもなく、妙な友人を学外に多く持っている。
この前は某国の将校とやらを紹介されて、あずさもびっくりしたばかりだ。
この例からもわかるとおり、英語は堪能。成績も学年首席で、全国模試でも常時トップ10に入る学力の持ち主だ。それなのに、進路相談で彼女が出した希望進路が「幼稚園の先生」と「家事手伝い」だというので話題になったばかりだ。
国立大学に進んで、研究者なりを目指した方がいいと担任はおろか、教頭や校長まで総出で説得にかかってるが、今の所彼女の意思は揺るがないようだ。
無理もない。平凡な公立高校にとびきりの俊才が夜空を覆い尽くす彗星のごとく現れたのだから。だがその彗星はきまぐれで、右や左、はたまた後退まで勝手気ままにするというありさまなのだ。誰もが戸惑うのも無理もない。
「有意義……ねえ」
午後の授業を知らせる予鈴が鳴り、教室から出ていた生徒もぞろぞろと戻ってきている。
「人との会話は時として、授業よりもよほど有意義じゃないかしら」
「はいはい。優秀な山河白音さんは授業に意味を見出せないでしょうけど、凡人の私は、授業の方が大事なの」
白音の方に向けていた椅子を前向きに直し、彼女に顔だけを向けてあずさは言った。
「そうそう。授業中に何かを思いついたからって、背中をつついて知らせなくてもいいから。そうでなくても次の授業、世界史の袋谷なんだから」
「あの先生、板書に全てをかけているような方ですものね。せっかくの授業なのに、生徒に背を向けたままなんてどうかしら? と思うんですけれども」
授業開始を知らせるチャイムが鳴った。と同時に、しかめ面をした世界史教諭、当年とって38歳、花嫁熱烈募集中の袋谷柾之(ふくろだに まさゆき)教諭がドアをがらりと開けて入ってきた。
「あずささん、今日、放課後の時間は空いているかしら」
席に座ると同時に白音が、さっと顔を近づけて囁いた。
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