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物語の書き出し・クライマックス「のみ」を365本書いてみようという試み
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 まるでサウナだわ。
 瑞希は頭上五センチに浮かんだ脳味噌で考えた。
 普段なら黒板に集中しているはずの真面目な優等生である彼女ですらこうなのだから、同じ補習を受けているクラスメートの太月勇馬が、見るからにやる気がなさそうなのも無理はない。何しろ教師ですら、早く冷房の効いた職員室に戻りたいと願っているのが端から見ても明らかなのだから。
「よし。今日の補習はここまで」
「ありがとうございました」
「……っしたっ」
 午後二時二十分。
 終了まで十分を残しているが、この状況で続けたところで大して変わりはないだろう。それに、補習を受けているのはたった二人だけなのだ。
 外からは運動部員が出す声が、熱気と共に教室の中まで入ってくる。
「太月君。あなたはここに寝に来たの? それとも補習を受けに来たの?」
「うぇー……」
 揺り起こされた少年は覇気のない声でうめいた。
「あちぃ」
 瑞希は頬をつぅ、と伝って落ちそうになった汗をぬぐって彼の背中をばちん! と叩いた。
「鮎原」
「私だって暑いと思ってるわよ」
「ああ」
「ああって、あなた! なんでそんなにだらしない格好なの?」
 勇馬のワイシャツの胸元は半ばまでだらしなく広げられ、その下から素肌が覗いている。彼は下から瑞希を見上げ、ぼそりと言った。
「水色」
「はぁ?」
「いや、下着の色。下もそう?」
 反射的に瑞希は勇馬を椅子からたたき落としていた。
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 もちろん君は学園特区のことなど、当然知っているであろう。
 二十二年前に制定された学園特区、通称・スクールゾーン。世界に通用する人材を育てるために、あらゆることが学業のために優先される特区のひとつだ。日本はおろか世界中から優秀な人材が集められ、多くの優秀な人材を輩出した。
 しかし二十年もの月日は、新たな軋轢を生み出していた。
 学園特区から教師と教え子もろとも引き抜いたり、特区の恩恵を受けながらそれを還元せず、外部に売り渡すことで巨額の富を得る者など、様々な事件が起こった。中には報道されないが、特区の存在をも揺るがす事件もあったという。
 経済や人材の面で日本をリードしつつある学園特区ではあったが、それを好ましく思わない存在もあるのも確かであった。
 そこで学園特区は、特区の独自性を保つためにある試みを始めた。
 それが、学園バトル。特区に遍在する異才・奇才・天才達を競わせ、ともすれば外部へと向けられそうになる彼らのパワーを内部で昇華させようという試みである。
 ところがその試みは特区責任者である者達の思惑を超えた、恐るべきうねりを生み出した。三つの学園が、特区の支配を争う状態にまで発展し、そのまま膠着状態となったのである。

 超人的な肉体能力を持つ生徒を数多く抱える「嵐星(らんせい)学園」。
 奇怪な科学を操るマッドサイエンティストの巣窟である「第六志文(しもん)学園」。
 そして超能力者と恐るべき知謀の生徒会を抱える「北斗真栄館(ほくとしんえいかん)」。

 そうだ。君も知る数々の事件は、これら三校を中心にして起きている。
「猿も駆け出すロックボーン事件」
「第三人工湖事件」
「流星直下火器局事件」
「西部電線異常あり事件」
「愛の告白大作戦事件」
 どれも学園特区ならではの恐るべき、しかし血湧き肉躍る実に魅力的な事件ばかりだ。

 スクールゾーン。
 それは力と技と、知略と謀略、愛と勇気と熱き血潮に溢れる若者達が集う世界一の学園特区なのである!
「コシヌーケ」
「コシヌーケ!」
 なにやらやたらと腹の立つ言葉に聞こえる鳥の声が聞こえている。
 周りはにょきにょきと驚くほど高く伸びた見たこともない樹木が生え、見事な翡翠色に輝く羽の鳥が、俺を腰抜けとあざ笑うかのように鳴きながら飛んでいる。そう遠くないところから波音も聞こえている。

 なんなんだよ、これ。

 正直言って、頭が真っ白だ。
 現在のこの真っ昼間の南の島らしき場所への変化の差があまりにも激しすぎるが、手に持っているコンビニの袋と、まだ溶けてもいないアイスが、俺の体感時間が真夜中のコンビニからの帰り道の途中であったことを雄弁に物語っている。

 どこは、ここだ?

 しょうもないギャグを脳内でかまして、溶けかけているアイスを囓った。冷たさが歯に染みて痛い。
 やはりこれは現実らしい。
 しゃくしゃくと一本税込み52円の棒アイスを無心に食べ続けていた俺の目の前に、肌もあらわだが締まるところは締まった赤毛の女性が草陰の中から姿を現し、指を突きつけて言った。
「お前は何者だ」
 正直なところ、最初は何を言っているのかわからなかったが、二度目の質問の時にはすぐに理解することができた。外国語などまるでだめな俺だというのに、聞いたこともない言葉がすんなりと理解できたのは驚きだった。
「正直なところ、さっぱりわからん。名前は、新島英一(あらしまえいいち)。単なる学生だ」
「エイイチ殿か。私に付いてこられよ」
 俺に背を向けようとした彼女に向かって、俺は訊ねた。
「あのさ、ひとつ変なことを聞いていいか?」
「何かな?」
 俺は空を飛んでいる翡翠色の鳥を指さした。
「あの鳥、なんて言っているかわかるか? たとえば……腰抜けとか」
 すると赤毛の女性は眉をしかめて言った。
「ホゥッカ鳥は人の言葉をしゃべりはしないが」
「そうか。すまん」
 どうやら、あの鳥の鳴き声は偶然日本語に似ているだけらしい。そして、今俺が彼女と交わした言葉は、間違いなく俺にとっては未知の言葉だった。
 困った。
 どうやら俺は、別世界に飛ばされてしまったらしい……。
 宙を動く剣先に光が宿る。
「ティーオ、レイ、アクト――」
 今日は何度この呪文を唱えたかわからない。
 メディルは精神を集中し、気合いと共に剣をゴーレムに向かって叩きつける。
「えいっ!」
 細身の剣は易々と石造りの怪物を貫き、コアを破壊する。同時に、緩慢ながらも恐ろしい力を秘めたゴーレムの動きが、ぴたりと止まった。
「ふぅ……」
 汗でびっしょりと濡れた顔を薄汚れた布で拭く。最初は装備が汚れることを嫌っていた彼女も、長時間の試しの迷宮の道筋を行くうちにだんだんとそんなことに構わなくなっていた。
 おろしたての盾も鎧も、所々がへこんだり傷ついたりしており、細身の剣も血糊で汚れ、彼女がたどってきた道程の厳しさを物語っていた。
 メディルは周囲に気を配りながら、部屋の中を調べて罠が無いかを確かめる。そうしてからようやく壁に背を預けて腰を下ろし、休息をとった。
 油の減り具合から考えると、ここに入ってから半日が経過しているはずだった。体は水を吸ったように重く、疲労は頂点に達しようとしている。
「まだ、先は長いわ……」
 誰に言うともなしにメディルは呟く。
 魔法剣士として独り立ちをしようとしている彼女にとって、試しの迷宮を突破することが最初の一歩となる。若手の剣士らのために作られた迷宮だが、これを突破することは決して易しくない。最後までたどり着く者は、三割にも満たないという。
 だが、彼女は途中で脱落するわけにはいかないわけがあった。無意識に胸当ての下にある黒水晶のペンダントのある場所に手を持ってゆく。
 負けられない。
 メディルはからからになっている口に軽く水を含み、喉を湿らせる。迷宮内では水がわいていても信頼はできない。致命的ではないだろうが、毒が混じっているかもしれない。持ち込んだ水だけが頼りだ。そして団子状にして蒸した雑穀を食べ、腹を満たす。最後にもう一度、少し水を飲む。
 もう少し休んでいたいと悲鳴を上げる体に鞭を打ち、メディルは立ち上がった。

 魔法剣士メディル、十六歳。
 『アウサクの惨劇』最後の生き残り。
 そして王位継承第四位の、王女でもある……。
 萱名木志都子にとって恋とは、自分とは永遠に縁のないものだと決めつけていた。
 政治家の一人娘として、婿を取って父の政治基盤を受け継ぐということは、既に中学入試の段階でほぼ固まっていた。一流校ではあったが、中央官庁へと進むエリートコースに乗るほど高いレベルの学校ではなかったからだ。顔は整ってはいたが内向的で、人付き合いの苦手な性格の彼女に政治家はどのみち無理だった。
 婚約者の候補も既に何人か上がっている。
 一番は、やはり萱名木誠吾の側近である名護宗太郎だ。志都子も兄のように慕っていたが、年齢は一回り以上も離れている。恋の対象とはなりにくい。
 自分の役割を認識し、母に付いて政治家の妻とはどういうものかを考えていた彼女にとって、恋と結婚はイコールではなく、家庭に恋は必ずしも必要ないということを結論づけていた。
 だが、恋は唐突に、嵐のように訪れる。
 二人の少年と、一人の少女によって。

 彼女らと彼ら四人の、忘れられない春が――やってきた。
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