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物語の書き出し・クライマックス「のみ」を365本書いてみようという試み
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 ヨークは奴隷だった。
 生まれながらの奴隷だった。
 彼女の母親は、今のヨークの年くらいまでは何の不自由もない暮らしを送っていた裕福な商家の娘だったという。
 だが、十六年前に起きたレードウェイの乱によって祖国は滅び、民は全て他国の奴隷とされたというように、ヨークは聞いている。
「わしらは恵まれているのさ。優しい旦那様に恵まれ、食うものにも困らず、寒さに震えることもない」
 奴隷をまとめるヤック爺は、そう言う。彼もまた奴隷だ。ただし、ちょっとだけ待遇がいい。
 だが、年端もいかぬ娘を犯して妊娠させるというのはどうだろうとヨークは思う。ヨークを生むときに、彼女は死んだ。だからヨークは母の顔を知らない。
 父親は屋敷の主人だが、ヨークの身分は奴隷だ。
 奴隷の子は奴隷と決められている。鑑札を発行してもらえない奴隷は、どこに逃げても人として扱ってもらえない。逃げてもむだだ。つけあがらぬよう、殺さぬよう縛り付ける手腕が上流社会人の嗜みとされている。だからヨークも、奴隷としての扱いしか受けられないでいる。
 しかし、一人だけヨークを一人の人間として扱ってくれる人がいた。
 この屋敷の主人の妻、エレベールである。
 彼女は体が弱く、跡取り息子を一人生んだのみで、その後は子宝を授かることはなかった。だから、夫の子であるヨークをまるで自分の娘のように思ってくれている。部屋付きの侍女として側に置き、様々なことを教えてくれた。
 彼女のおかげで、ヨークは文字を読み書きし、本を読むことができた。針仕事をおぼえ、料理や庭仕事を自分の目で見て知り、様々な国から集まっている奴隷達の昔話に耳を傾けた。主人が見栄のために買い揃え、そのまま飾ってあった無数の本を彼女は時間が許す限り読みあさった。
 屋敷の主人がヨークの美貌に気がつく頃には、彼の誘いを言葉巧みに言い逃れるだけの言葉を知り、エレベールのもとへと逃れるだけの知性を身につけていた。
 近親相姦という言葉を、彼女は知っていたのだ。
 いつしかヨークは、奴隷でありながら跡取り息子よりも優れた知性を持つ、一人前のレディーになっていたのである。
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「コシヌーケ」
「コシヌーケ!」
 なにやらやたらと腹の立つ言葉に聞こえる鳥の声が聞こえている。
 周りはにょきにょきと驚くほど高く伸びた見たこともない樹木が生え、見事な翡翠色に輝く羽の鳥が、俺を腰抜けとあざ笑うかのように鳴きながら飛んでいる。そう遠くないところから波音も聞こえている。

 なんなんだよ、これ。

 正直言って、頭が真っ白だ。
 現在のこの真っ昼間の南の島らしき場所への変化の差があまりにも激しすぎるが、手に持っているコンビニの袋と、まだ溶けてもいないアイスが、俺の体感時間が真夜中のコンビニからの帰り道の途中であったことを雄弁に物語っている。

 どこは、ここだ?

 しょうもないギャグを脳内でかまして、溶けかけているアイスを囓った。冷たさが歯に染みて痛い。
 やはりこれは現実らしい。
 しゃくしゃくと一本税込み52円の棒アイスを無心に食べ続けていた俺の目の前に、肌もあらわだが締まるところは締まった赤毛の女性が草陰の中から姿を現し、指を突きつけて言った。
「お前は何者だ」
 正直なところ、最初は何を言っているのかわからなかったが、二度目の質問の時にはすぐに理解することができた。外国語などまるでだめな俺だというのに、聞いたこともない言葉がすんなりと理解できたのは驚きだった。
「正直なところ、さっぱりわからん。名前は、新島英一(あらしまえいいち)。単なる学生だ」
「エイイチ殿か。私に付いてこられよ」
 俺に背を向けようとした彼女に向かって、俺は訊ねた。
「あのさ、ひとつ変なことを聞いていいか?」
「何かな?」
 俺は空を飛んでいる翡翠色の鳥を指さした。
「あの鳥、なんて言っているかわかるか? たとえば……腰抜けとか」
 すると赤毛の女性は眉をしかめて言った。
「ホゥッカ鳥は人の言葉をしゃべりはしないが」
「そうか。すまん」
 どうやら、あの鳥の鳴き声は偶然日本語に似ているだけらしい。そして、今俺が彼女と交わした言葉は、間違いなく俺にとっては未知の言葉だった。
 困った。
 どうやら俺は、別世界に飛ばされてしまったらしい……。
 宙を動く剣先に光が宿る。
「ティーオ、レイ、アクト――」
 今日は何度この呪文を唱えたかわからない。
 メディルは精神を集中し、気合いと共に剣をゴーレムに向かって叩きつける。
「えいっ!」
 細身の剣は易々と石造りの怪物を貫き、コアを破壊する。同時に、緩慢ながらも恐ろしい力を秘めたゴーレムの動きが、ぴたりと止まった。
「ふぅ……」
 汗でびっしょりと濡れた顔を薄汚れた布で拭く。最初は装備が汚れることを嫌っていた彼女も、長時間の試しの迷宮の道筋を行くうちにだんだんとそんなことに構わなくなっていた。
 おろしたての盾も鎧も、所々がへこんだり傷ついたりしており、細身の剣も血糊で汚れ、彼女がたどってきた道程の厳しさを物語っていた。
 メディルは周囲に気を配りながら、部屋の中を調べて罠が無いかを確かめる。そうしてからようやく壁に背を預けて腰を下ろし、休息をとった。
 油の減り具合から考えると、ここに入ってから半日が経過しているはずだった。体は水を吸ったように重く、疲労は頂点に達しようとしている。
「まだ、先は長いわ……」
 誰に言うともなしにメディルは呟く。
 魔法剣士として独り立ちをしようとしている彼女にとって、試しの迷宮を突破することが最初の一歩となる。若手の剣士らのために作られた迷宮だが、これを突破することは決して易しくない。最後までたどり着く者は、三割にも満たないという。
 だが、彼女は途中で脱落するわけにはいかないわけがあった。無意識に胸当ての下にある黒水晶のペンダントのある場所に手を持ってゆく。
 負けられない。
 メディルはからからになっている口に軽く水を含み、喉を湿らせる。迷宮内では水がわいていても信頼はできない。致命的ではないだろうが、毒が混じっているかもしれない。持ち込んだ水だけが頼りだ。そして団子状にして蒸した雑穀を食べ、腹を満たす。最後にもう一度、少し水を飲む。
 もう少し休んでいたいと悲鳴を上げる体に鞭を打ち、メディルは立ち上がった。

 魔法剣士メディル、十六歳。
 『アウサクの惨劇』最後の生き残り。
 そして王位継承第四位の、王女でもある……。
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