物語の書き出し・クライマックス「のみ」を365本書いてみようという試み
(※注意:少々グロテスクな描写が有るので、その手の話が苦手な方は読むのをやめてください)
少女はジャングルジムの上に陣取っている奇妙な獣を、ぼんやりと眺めていた。
それは、ひどく胴体の長い犬――いや、狼だった。
夕焼けに赤く染まった空を背景に、胴長狼はぐねぐねと胴体を脈打たせて少女を見つめかえしている。
狼は眠そうにあくびをした。ぱっくりと開いた口がこちらの方を向き、見る間に大きくなってゆくことに気がついて少女は走り去ろうとしたが、遅かった。
小さな血しぶきが上がり、手足が踊るように動いたが、耳障りな咀嚼(そしゃく)音が響くとすぐに止まった。蛇よりも長い胴体が鉄の棒を伝い、地面まで伸びている。口が開くたびに血しぶきがあがり、錆び臭い匂いと赤い色が周囲を浸してゆく。
「遅かったか」
言葉とは裏腹に、面倒くさそうな響きが感じられる声だ。だが胴長狼は、声の方に見向きもしない。柔らかな内臓に舌鼓を打つように、白い肉塊を貪っている。
「格の低い妄獣だな。結界も浅いし、主人(あるじ)無しで人喰いもする。倒した所でこいつの餌(え)にもなりゃしないが……」
呟く少年の連れている犬が小首をかしげた。
やけに人間臭い仕草だった。
外見は芝犬の小犬のようだが、一般的なサイズの三倍はありそうな巨体だ。
犬は「お手」をするように前片足を上げて、空中を引っ掻くようにした。
ざざっ! と胴長狼がジャングルジムの上に駆け上がった。今までの無関心が嘘のように、赤光を放つ片目で少年と犬を睨みつけている。
もう一方の目は、頭から頬にかけてばっくりと開いた傷によって、完全に切り裂かれてしまっていた。咥えていた腸が血を滴らせ、だらりと垂れ下がっている。
「さてと。戦闘開始と行きますか……行け、牙炮太(がほうた)!」
少年の声と共に茶色の犬は炎のように毛並みを逆立たせ、全身を青の燐光に包んで胴長狼へと突進していった。
少女はジャングルジムの上に陣取っている奇妙な獣を、ぼんやりと眺めていた。
それは、ひどく胴体の長い犬――いや、狼だった。
夕焼けに赤く染まった空を背景に、胴長狼はぐねぐねと胴体を脈打たせて少女を見つめかえしている。
狼は眠そうにあくびをした。ぱっくりと開いた口がこちらの方を向き、見る間に大きくなってゆくことに気がついて少女は走り去ろうとしたが、遅かった。
小さな血しぶきが上がり、手足が踊るように動いたが、耳障りな咀嚼(そしゃく)音が響くとすぐに止まった。蛇よりも長い胴体が鉄の棒を伝い、地面まで伸びている。口が開くたびに血しぶきがあがり、錆び臭い匂いと赤い色が周囲を浸してゆく。
「遅かったか」
言葉とは裏腹に、面倒くさそうな響きが感じられる声だ。だが胴長狼は、声の方に見向きもしない。柔らかな内臓に舌鼓を打つように、白い肉塊を貪っている。
「格の低い妄獣だな。結界も浅いし、主人(あるじ)無しで人喰いもする。倒した所でこいつの餌(え)にもなりゃしないが……」
呟く少年の連れている犬が小首をかしげた。
やけに人間臭い仕草だった。
外見は芝犬の小犬のようだが、一般的なサイズの三倍はありそうな巨体だ。
犬は「お手」をするように前片足を上げて、空中を引っ掻くようにした。
ざざっ! と胴長狼がジャングルジムの上に駆け上がった。今までの無関心が嘘のように、赤光を放つ片目で少年と犬を睨みつけている。
もう一方の目は、頭から頬にかけてばっくりと開いた傷によって、完全に切り裂かれてしまっていた。咥えていた腸が血を滴らせ、だらりと垂れ下がっている。
「さてと。戦闘開始と行きますか……行け、牙炮太(がほうた)!」
少年の声と共に茶色の犬は炎のように毛並みを逆立たせ、全身を青の燐光に包んで胴長狼へと突進していった。
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克哉(かつや)が異常に気がついたのは三月ほど前のことになる。
いつものように午前0時頃に就寝しようと電灯を常夜灯に切り替えた彼の耳に、かすかな音が聞こえてきた。
かりかりかり。
小さな、断続的に聞こえてくる何かをひっかくような音。
起き上がって電灯を点け、部屋を探してみたが何も異常はない。五分ほどじっと耳を澄ましてみたが、蛍光灯のジーッという小さな音にかき消されたのか、謎の音は聞こえなくなっていた。
もう一度常夜灯にすると、今度は聞こえない。
このときは安心して眠ったのだが、その音は次の日も、またその次の日も絶えることなく聞こえ続けたのである。少々不快だが電灯を点け直すとひっかく音は聞こえなくなるので、気にしないでいた。
だが、一週間前に彼は気づいてしまった。
ひっかく音が、次第に近づいてきていることに。
かりかり、かりかりかりかりかり。
ああ、今日の音はまた昨日よりも近くから聞こえていないか?
そんなことを考えると、もう克哉は眠れない。
なめくじが這うような速度で、しかし着実に近づきつつある、かりかりという音。
起きてからも、遠くから自分に近づいてはいないだろうか。
かりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかり……。
もう克哉は眠ることどころか、落ち着いて部屋にいることすらできなくなっていた。
いつものように午前0時頃に就寝しようと電灯を常夜灯に切り替えた彼の耳に、かすかな音が聞こえてきた。
かりかりかり。
小さな、断続的に聞こえてくる何かをひっかくような音。
起き上がって電灯を点け、部屋を探してみたが何も異常はない。五分ほどじっと耳を澄ましてみたが、蛍光灯のジーッという小さな音にかき消されたのか、謎の音は聞こえなくなっていた。
もう一度常夜灯にすると、今度は聞こえない。
このときは安心して眠ったのだが、その音は次の日も、またその次の日も絶えることなく聞こえ続けたのである。少々不快だが電灯を点け直すとひっかく音は聞こえなくなるので、気にしないでいた。
だが、一週間前に彼は気づいてしまった。
ひっかく音が、次第に近づいてきていることに。
かりかり、かりかりかりかりかり。
ああ、今日の音はまた昨日よりも近くから聞こえていないか?
そんなことを考えると、もう克哉は眠れない。
なめくじが這うような速度で、しかし着実に近づきつつある、かりかりという音。
起きてからも、遠くから自分に近づいてはいないだろうか。
かりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかり……。
もう克哉は眠ることどころか、落ち着いて部屋にいることすらできなくなっていた。